【体験レポ】習志野駐屯地・防衛モニター終了式の内容とは?第1空挺団長から手渡される感謝状と当日の流れ

習志野駐屯地での防衛モニター終了式にて、第32代第1空挺団長・石原陸将補と感謝状を手に並ぶ桐山水稀

こんにちは。桐山水稀です。 2年間にわたる「防衛モニター」としての任務も、ついにこの日を迎えました。

今回は、習志野駐屯地で行われた「防衛モニター終了式」の様子をお届けします。 普段はなかなか見ることのできない、厳かな儀式と、その裏側にある温かな「神対応」の記録です。

習志野駐屯地の防衛モニターの終了式は、習志野駐屯地・第1空挺団創立記念行事と同日に、新規モニターの委嘱式と合同で行われます。

この記事は、第1空挺団広報班から提供いただいた貴重な公式記録写真と、私自身の視点で捉えた一次情報をたっぷり詰め込んで構成しました。

この記事はこのような方におすすめ
  • 防衛モニター終了式の雰囲気を知りたい方
  • 習志野駐屯地や「第1空挺団」の行事に興味がある方
  • 自衛隊と国民を繋ぐ「架け橋」の役割を具体的にイメージしたい方
CONTENTS

感謝と少しの心残り。2年間の集大成「防衛モニター修了式」

まずは、新しく委嘱される方々の「委嘱式」と合同で行われた「終了式」の様子から振り返ります。

習志野駐屯地での防衛モニター終了式にて、第32代空挺団長・石原陸将補から感謝状を授与される桐山水稀
写真提供/第1空挺団

会場に入って、私が委嘱を受けた2年前との「ちょっとした違い」に気がつきました。

たとえば、以前はエレベーターで上の階に上がった別の部屋が控室だったのですが、今回は終了式・委嘱式を行う部屋の奥のスペースに変更されていて、よりスムーズな動線になっていました。こうした運用面の改善にも、現場の細やかな配慮が感じられます。

【体験談】任期中の改姓はどうなる?
委嘱状と感謝状に刻まれた「2つの名前」

代読してくださっている石原第1空挺団長。
慌ててカメラを回してくれた夫に感謝。

実は、2年間の任期中に結婚して名字が変わりました。 終了式を前に、新しいモニター担当の方から改めて丁寧な確認があり、感謝状に記される名前は「新姓」へと変わっていたのです。

最初の委嘱状は旧姓、そして最後の感謝状は新姓――。 思いがけず、私の人生の大きな節目とモニターの任期が重なり、2枚の書面を見比べると感慨深いものがありました。

「委嘱状と感謝状で名字が違う」なんて、防衛モニターの中でもなかなかレアな経験ですよね。
活動を支えてくれた家族への感謝も相まって、この2枚は私にとって一生の宝物になりました。

2024年と2026年の比較(授与者・委嘱者)

これから防衛モニターを目指す方のために、私が委嘱された2024年と、終了した2026年での「授与者・委嘱者」の違いをまとめました。

わずか2年の間にも組織体制はアップデートされ、歴史が紡がれていることがわかります。防衛モニターとして、この貴重な瞬間に立ち会えたことは一生の財産です。

委嘱・終了式授与者委嘱者
2024年
委嘱式
第31代空挺団長
若松純也陸将補
防衛事務次官
増田和夫氏
2026年
終了式
第32代空挺団長
石原由尊陸将補
防衛事務次官
大和太郎氏

※第1空挺団長は習志野駐屯地司令を兼任しています。

※若松氏は2025年3月24日付けで陸将に昇任され、第43代 第6師団長に就任されました。

「架け橋」としての覚悟を再確認

第32代空挺団長・石原陸将補と感謝状を手に並ぶ桐山水稀
写真提供/第1空挺団

石原第1空挺団長のご挨拶では、日本を取り巻く緊迫した世界情勢や、首都直下型地震、南海トラフ地震などの災害リスクについても触れられていました。

「いざというとき、国民の理解を得て連携を取ることが何よりも重要」 「防衛モニターは国民と自衛隊を繋ぐ架け橋」

というお言葉に、改めてこの役割の重みと、自衛隊の皆さんの覚悟を感じて背筋が伸びる思いでした。

伝えられなかった感謝

ただ、ひとつだけ大きな心残りが……。
電話面談のときからお世話になった前々任のモニター担当の方が異動されていて、最後のご挨拶ができなかったんです。感謝を伝えたくて手紙を書いて持っていたのですが、こればかりは本当に残念でした。

お渡しできませんでしたが、新天地でもがんばってください!という気持ちを込めて、この大切な思い出をブログに綴っていこうと思います。

歴史を刻む「空挺館」での記念撮影と、自衛隊協力会の存在

習志野駐屯地内の「空挺館」(旧陸軍騎兵連隊御馬見所)の前で、石原陸将補を囲み、防衛モニター・駐屯地モニター、その同伴者と共に撮影した記念写真
写真提供/第1空挺団

終了式という厳かな儀式を終えた私たちは、駐屯地内でもひときわ異彩を放つ歴史的建造物「空挺館」へと足を運びました。明治の面影を残す白亜の洋館を背景に、この日だけの特別な記念撮影が行われます。

  • 前列中央(2名): 2年の任期を終えた防衛モニター
  • 前列の両サイド(4名): 1年の任期を終えた駐屯地モニター
  • 後列: 委嘱を受けた防衛モニター、駐屯地モニターの方々、同伴者の皆さん

【神対応】自衛隊の懐の深さ。同伴者も参加できる特別な一枚

以前は「モニター本人のみ」での撮影だったのですが、今回は同伴者の皆様も一緒に写真に入れるという粋な計らいが。

さらに、希望者は自身のスマホを隊員の方に預けて撮影していただけるという、まさに「神対応」。自衛隊という組織の、規律の中にある「懐の深さ」を肌で感じるひとときとなりました。

防衛モニターの任期を終えた同期の男性モニターと私が、第32代空挺団長を真ん中に挟む形で、中央の椅子に座らせていただきました。歴史の重みと団長の存在感に、背筋がスッと伸びる思いでした。

選ばれし者のみ?謎に包まれた「自衛隊協力会」の正体

その後、式典が行われる野外会場へ向かうバスの中で、広報担当の方からこんな質問が。

皆さんの中で、自衛隊協力会への入会を希望される方はいらっしゃいますか?

後から知ったのですが、同期の防衛モニターの方が入会希望の連絡をされていたのだとか。任期終了後も形を変えて自衛隊を応援し続ける……その揺るぎない志に尊敬の念を抱きました。

しかし、この「協力会」。実は希望すれば誰でも入れるというわけではないようです。防衛モニター等の経験があれば入会できる可能性は高いそうですが、後日、駐屯地にて「空挺団OB」との面接が控えているとのこと。

自衛官の方も「協力会については詳しく知らない」とおっしゃっていたので、一般市民の私には到底その全貌を知ることはできない、まさに秘密のベールに包まれた組織です。

志の連鎖:駐屯地モニターから東部方面オピニオンリーダーへ

そしてこの日、嬉しい再会がありました。2024年に習志野駐屯地モニターを務めていた女性・Aさんです。彼女は現在、さらに一段階上のステージである東部方面オピニオンリーダーとして、この式典に参列されていました。

陸上自衛隊東部方面隊オピニオンリーダーとは

昭和49年に始まった制度。任期は2年です。
オピニオンリーダーは様々な分野の有識者から構成されており、陸海空自衛隊の活動を民間に広く発信する役割を担っています。

オピニオンリーダーの委嘱式は、習志野ではなく朝霞駐屯地で行われるとのこと。彼女もまた自衛隊協力会の一員であり、多方面から自衛隊を支える、いわば「情報の発信塔・架け橋」のような存在です。

未知の世界すぎて驚くばかりでしたが、Aさんのようにモニター終了後も高い志を持ち続け、地域や組織を支える方々がいてこそ、自衛隊は成り立っているのだと改めて実感しました。

まとめ:次回、知られざる精鋭たちの記憶へ

第31代空挺団長(現・第6師団長)若松純也陸将から届いた、習志野駐屯地創設75周年・第1空挺団創立68周年を祝う祝電

ふと目を向けた祝電紹介のコーナーで、懐かしいお名前を見つけました。

私がモニターに着任した当時の団長、若松純也陸将(現・第6師団長)からの祝電です。
2年前、緊張で顔が強張っていた自分を思い出し、時の流れと、今こうして無事に終了式を迎えられたことへの感謝が、静かに、でも確かに込み上げてくる瞬間でした。

終了式では背筋が伸びるような凛とした空気を楽しみ、会食では隊員さんたちの穏やかな素顔を拝見し……。自衛隊という組織の多面的な魅力に触れさせていただきました。

この日ご一緒させていただいた皆様、そして2年間お世話になった第1空挺団の皆様、本当にありがとうございました。

これにて、私の「防衛モニター」としての現地活動はすべて終了となります。

実は、この活動を終えるにあたり、私には「もう二度とこの場所へは戻れない」、ある個人的な理由がありました。その理由については、この後の【最終回総まとめ】で詳しくお話しさせてください。

ですが、その前に。 私のモニター活動の集大成として、どうしても皆さんに共有したい場所があります。それは、習志野駐屯地に佇む、空挺館です。

防衛モニターになって最初の研修で訪れた思い出の洋館をレポートしたいと思います。

ぜひ、次回も遊びに来ていただけると嬉しいです。

習志野駐屯地での防衛モニター終了式にて、第32代第1空挺団長・石原陸将補と感謝状を手に並ぶ桐山水稀

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