はじめまして!
『みずき道(do)』を運営しているライターの桐山水稀です。
当ブログは、15坪の狭小住宅(ダイワハウス)のこだわりポイントをベースに、ちょっと珍しい「防衛モニター」の活動記録や、「日本舞踊」のコラムなど……私の「好き」と「等身大の日常」をギュッと詰め込んだ、秘密基地のようなブログです✨
webライター・編集者としての実績
これまでの主な執筆・編集実績をご紹介します。月間500万PV超のメディアで培った編集力と、徹底したリサーチによる専門性の高いコンテンツ制作を得意としています。
資産運用・貴金属のオウンドメディア|執筆・編集を担当
現在、ライティング、編集、校正、およびSNS運用を一貫して担当しています。
同メディア内のコラム連載では、編集部の一員として制作に参画。海外金貨が持つ歴史的・文化的な魅力から、国内の記念金貨を活用した投資の始め方まで、幅広いテーマの執筆を手掛けています。
専門性の高い情報を初心者の方へ向けてわかりやすく紐解き、「情報の正確性」と「読みやすさ」を両立させたコンテンツ制作が私の強みです。
月間500万PV超のWebメディア|執筆・編集を担当
ライターおよび編集として、5年間にわたり自社メディアの運営に従事しました。記事の執筆はもちろん、内部ライターが執筆した記事の校正・校閲(ファクトチェック含む)などを中心に、メディアの品質管理を経験。
ライターとしての原点|企画・取材・インタビューのルーツ
現在の編集・ライティングスキルの礎となった、過去の象徴的な活動実績です。
- 俳優・中村獅童氏:インタビュー記事執筆(学生時代)
脚本家・三谷幸喜氏が創設した演劇サークル「演劇創造」の機関誌にて、OBの中村獅童氏へ取材をし、「悪役」をテーマに執筆。 - 『日刊SPA!』Web版:署名記事掲載(芸能活動時)
番組内の企画として編集長にプレゼンを敢行。採用され、企画から取材、執筆までを一貫して完結させた署名記事が掲載されました。
執筆可能ジャンル|実体験に基づく5つの領域
フリーランスとして、以下のジャンルでの執筆をお受けしています。
- 狭小住宅
15坪の土地に2階建てを建てた実体験に基づく空間活用術。 - 伝統文化(日本舞踊)
尾上流名取としての専門知識を活かした文化コラム。 - 自衛隊
元防衛モニターとして、民間人目線でわかりやすく言語化。 - 婚活・結婚
大手結婚相談所で表彰実績のある母の知見に基づく「成婚するためのロジック」。 - 国内・海外旅行
国内外の旅の情報を中心に文章を編みます。
ミラーレス一眼カメラを保有しているため、簡単な撮影も可能です。
お仕事のご依頼、お問い合わせはこちらからお願いいたします。
ブログ開設のきっかけ
実は、このブログを立ち上げた最大の理由は「防衛モニター」への応募でした。
📝 防衛省の応募フォームにて
もしモニターになれたら、ブログを開設して自衛隊の魅力を発信します。
と送信したところ、電話面談を経て無事に採用が決定!
「これはもう有言実行するしかない!」と、慌ててサーバーを契約したのが始まりです(笑)。
令和6・7年度の2年間にわたる第1空挺団 防衛モニターの任期は、令和8年4月の終了式にて幕を閉じました。
これからは「OG」として、引き続き一般の目線から自衛隊や空挺団の応援・情報発信を続けていく予定です!
- 中立的な立場で、誰にでもわかりやすく!
- 興味を持ってもらう「橋渡し」になること
- 誰かの役に立つリアルな体験談をまとめること
もちろん、自衛隊のことばかりではありません!
当ブログでは、主に以下のテーマを柱にマイペースに記事を綴っています。
- 🏠 ダイワハウスの15坪住宅:わが家(狭小住宅)の紹介
- 🪄 アーチをくぐれば私の城:1帖書斎の入居前から現在までを公開
- 🪂 防衛モニター:活動記録と情報発信
- 👘 日本舞踊:演目紹介や、再開予定のお稽古のコラムなど
これまで、決して真っ直ぐな道を歩んできたわけではありません。
だからこそ、ただ経歴を羅列するのではなく、少しストーリー仕立てにして私の自己紹介を綴ってみようと思います。
序章


かつての私は、常に「自分以外の誰か」になろうと必死に足掻いていました。
これは、長い放浪の末に自分の居場所(城)を見つけるまでの物語です。
私のこれまでの歩みにタイトルをつけるなら、きっとこんな感じでしょうか。
タイトルをつけるなら、こんな感じでしょうか。
✒️ 「何者か」になろうとするのを、やめてみた。
――役割を脱ぎ捨ててたどり着いた、1畳の書斎。
「何者か」になりたくて足掻き続けた、迷走の10代・20代


- 母の実家がある東京都で生まれ、父の実家がある千葉県で育つ。
- 実家はマグロの仲卸、祖父は元漁師(引退済み)。
- 130年以上前には旅館を営んでおり、「桐山さんの塩湯がドーランで荒れた肌に効く」と評判になって、多くの歌舞伎役者が訪れたそう。
- 家訓があり、神棚に手を合わせる習慣がある……そんな少し古風な環境で育ちました(※無宗教)。
ハナミズキが満開の通りにある病院で産まれた私。
実りある人生を歩めるようにと願いを込められて、「ミズキ」と名付けられた。
幼少期から好奇心の赴くままに
様々な世界に触れて育った。
ミュージカル、アイスショー、
クラシックのコンサートに歌舞伎。
美術館や博物館にもよく足を運んだ。
たくさんの美しいものを見て、少しずつ自我が芽生えていった。
都内の私立小から、毎年違う中学校へ。
十代で経験した習い事は10個。
高3のとき、歌手デビューが頓挫し、
モデル事務所の社長から突き付けられた
「160㎝じゃ身長が足りないからグラビア」。
肌の露出は無理ですと断り、とぼとぼ帰った日のことは今も覚えている。
オーディションやレッスンに励む傍ら、
深夜バラエティの準レギュラーや
ドラマやCMの端役に挑む日々。
華やかな世界の端の端で、
自分が『何者でもない』という事実を突きつけられていた。
日が暮れてからは料亭の仲居として働き、
師走の市場では早朝から一人カニを売りさばいた。
生きるために、「役割」を着替え続けた二十代。
26歳、芸能事務所を退所。
27歳、「まとも」になりたくて国立図書館の事務へ。
パラリーガルの資格を取り、手堅い道を歩もうとするその一方で
男装アイドルとして「自分以外の誰か」を演じることに救いを求めていた。
何にでもなれる気がした。
でも、何者にもなれなかった。
どこにいても、誰と一緒にいても消えない
「ここじゃない」という焦燥感と違和感。
━━━━そんな息苦しい日々のなかで、私を別の世界へ連れて行ってくれた「魔法」があった。
世界11の地域と、1冊の魔法


2歳から18歳まで。
長期休みを利用して、母と娘の2人で世界を巡った。
なかでもハワイには通算12回。
オアフ島とハワイ島の空気を、たっぷりと吸い込んだ。
✈️7歳~11歳の夏休み:ハワイのサマースクール
拙い英語でも、身振り手振りで誰かと「通じ合えた」ときの喜び。
💼14歳:オックスフォードへ短期留学
最初のクラスは、なんと私以外全員がフランス人。
立ちはだかる言葉の壁と、そこで味わった強烈な疎外感。
世界の広さと自分の小ささを知るほど、
通学中の電車でめくる『ハリー・ポッター』の世界が、
私にとってかけがえのない、絶対的な「居場所」になっていった。
19歳、ロンドン。
薄暗いパブで一人飲んだ、ほろ苦いレモネードの味。
異国の街を自分の足で歩き、空気を感じたあの経験が、間違いなく今の私の土台になっている。
📔 幼少期から19歳までに訪れた場所
- ハワイ: オアフ島(9回)、ハワイ島(3回)
- アメリカ: ラスベガス、ロサンゼルス
- カナダ:バンクーバー、トロント
- イギリス: ロンドン(2回)、オックスフォード(短期留学)、ケンブリッジ、バークシャー、コッツウォルズ
- オーストラリア:シドニー、ブリスベン
- アジア: 九龍、香港島
━━━━外の世界に自由を求め、異国の空気を愛した一方で。
私の深い「根っこ」の部分は、なぜかずっと『和』のなかにあった。
「型」があるから「自由」になれる


両親の仲人を務めてくださった北島三郎氏の座長公演。
ダンサーの方々が着物で舞っている姿に見惚れ、
親に「おどりをならいたい」と直談判。
六代目尾上菊五郎丈のご息女の紹介で、
2歳から尾上流三代家元に師事。
5歳で国立大劇場の舞台に立ち、
18歳で名取免許を取得した。
扇の角度、指先の軌道、視線の落とし方。
厳格に定められた「型」を、何年もかけて身体に染み込ませていく日々。
姫、静御前、天女。
あらゆる役を舞うことで学んだのは、
言葉を超えた「表現の美学」。
━━━━「型」の中に自由を見出し、表現の術(すべ)を手にした私。ついに人生最大の挑戦へ。
夢へのスタートラインに立つ瞬間、
世界が止まった


28歳。
日本舞踊で培った「表現の力」を武器に、私が挑んだ人生最大の挑戦。
それは、倍率20倍という厳しい壁を越え、声優養成所の本科へ入所することだった。
しかし、ようやく夢へのスタートラインに立ったまさにその瞬間――世界が止まった。
未曾有のコロナ禍への突入。
マスクとフェイスシールドで顔を覆い、必死にマイクへ声を届ける日々。
表情は見えない、呼吸すらままならない。
それでも、今出せるすべてをただ「声」に込めた。
緊急事態宣言で休校になり、卒業試験は延期。
見えないウイルスや先行きへの不安と闘いながら、
全課程を修了した私に突きつけられた結果は、
「不合格」。
事務所練習生として残る道も提示されたものの、
年齢はすでに三十路目前崖っぷち。
先の見えない暗闇の中で、私は静かに自問自答した。
――何度も足掻いて、何度も挫折した。
でも、やり切った。もう「何者か」になろうとしなくていい。
━━━━「声」の夢に区切りをつけたあの日、私の物語は静かに動き始めた。
「まっすぐな文章」を武器に。
マイク前から真っ白な画面へ


実は、声優養成所のレッスンの傍ら、
ひっそりと始めていたwebライターの仕事。
事務所の練習生を辞退した私は、
「書くこと」一本に絞った。
「こんなまっすぐな文章を書く人、初めて見ました」。
編集長からかけられた言葉は、
器用に振る舞えない私の背中を押すには十分だった。
何かを演じなくても、ありのままの「私の言葉」で評価してもらえる。
表現の場は、マイク前から、無限に広がる「真っ白な画面」へ。
指先でキーボードを叩き、言葉を紡いでいくその熱量と楽しさは、
無我夢中でお芝居をしていたあのころとまったく同じだった。
━━━━やっと自分らしい「表現の居場所」を見つけ、仕事にのめり込んでいく一方で。
日常では、ことあるごとに言われる「結婚はいつ?」という言葉にウンザリする日々が待っていた。
「ミズキちゃんは、一生結婚できない」


「ミズキちゃんは、一生結婚できないよ」。
私のことを熟知している師匠からそうキッパリと断言された、わずか3か月後。
私の人生に、急激な転機が訪れた。
📅怒涛のスケジュール
- 2023.09.30 彼と出会う
- 2023.12.27 交際開始
- 2024.05.06 婚約
- 2025.05.11 私の誕生日に入籍💍
- 2025.06.27 15坪の家、完成🏠
「私の人生を邪魔しない人」と結婚しよう。
そう心に決めて割り切っていた30過ぎの秋に、彼と出会った。
彼は、邪魔するどころか、
家づくりの際に、私の『書斎』を真っ先に提案してくれた、この世界における「絶対的な味方」。
私が何をしても「面白い」と笑い、
どんなときもミズキファーストを貫いてくれる彼。
彼との毎日は、うれしいことも、おいしいものも
一番に共有したくなるほど、穏やかで和やか。
かつての私は
「何者か」になろうと必死だったけれど、
彼という「止まり木」を得て、
ようやく、飾らないありのままの私自身に戻れた気がする。
結婚して、私はもっと、自由になれた。
━━━━「やりたいことは、何でも言って」。
そう言っていつも背中を押してくれる彼が、私のために用意してくれた場所。
それは、たった1帖の、私だけの「城」だった。
長い放浪の末、
たどり着いたのは1帖の秘密基地


15坪の限られた土地に、
大和ハウスで建てた小さな2階建てのわが家。
寝室の奥、なめらかなアーチ壁をくぐった向こう側は……
誰にも邪魔されることのない、たった1帖の私だけの「城」。
夫の帰宅を待つ、ひとりの夜。
お気に入りの本に囲まれたこの書斎で、
自分と向き合い、言葉を紡いでいく静謐なひととき。
入居したての頃はからっぽだったこの本棚にも、
今では大好きな物語の欠片や魔法のような景色が少しずつ並び、
私自身の新しいページも増えていった。
長い放浪の末にようやく見つけた、この小さな秘密基地。
ここから、私の本当の物語が始まる。
━━━━とはいえ、ずっと城にこもっているわけではない。
自分の城から一歩外へ踏み出す日は、とびきりドキドキする「知らない世界」へ。
日常の外側を覗く勇気


自分の城(書斎)から一歩外へ踏み出した、「知らない世界」。
防衛省から委嘱され、
防衛モニターとして、精鋭無比・第1空挺団の現場へ。
当初、自衛隊の活動は私にとって、
まるで映画の中のような「別世界の出来事」だと思っていた。
けれど、知れば知るほど気づいたこと。
職場の先輩の旦那さん、結婚相手の兄。
私たちが暮らすこの国を守ってくれていたのは、
決して特別なスーパーヒーローや、
どこかの誰かではなく、
すぐそばにいる、大切な家族を持った「普通の人たち」だった。
彼らの人知れぬ覚悟と厳しい訓練のおかげで、
私は「いつもの毎日」を送れている。
その事実に触れたとき、「もっと多くの人に彼らの等身大の姿を知ってほしい」。
そんな思いを抱くように。
━━━━知らない世界を知る勇気が、私の言葉に新たな「熱」を宿す。
私がこれから、紡ぎたいこと


伝統芸能を、もっと身近に。
踊り手ではなく、これからは「書く人」として。
敷居が高いイメージを払拭し、
日本人ならではの美学を、次の世代へ繋ぐお手伝いがしたい。
そして、もうひとつ。
一冊の本、ひとつの声を通じて、誰かの心に直接届く表現をしていくこと。
📝 これから挑戦したいこと
- 📖 エッセイの執筆: 言葉を綴り、文学フリマで一冊の本として直接お届けすること。
- 🎙️ 音声配信: 褒められた「声」の表現を活かし、ラジオのように想いを届けること。
- 🎥 Vlog: 書斎から広がる日常を映像にすること(これは、そのうち……!)。
たった1帖の小さな書斎から、誰かの心にポッと温かい灯をともせるような言葉を紡いでいきたいです。
何者かになろうとするのを、やめてみた。
役割を脱ぎ捨てた私だからこそ描ける、新しくて、等身大の物語。
この『みずき道(do)』という秘密基地で、一緒にその続きを楽しんでいけたら嬉しいです。



