防衛モニターを辞める覚悟で送った本音の提言。1年後の記念会食で見えた驚きの改善と組織の誠実さ

実は、晴れやかな拝命当日、私はある出来事をきっかけに「今日で辞めよう」とさえ思っていました。 当時の記事に「残念なこともあったのですが、それはまた後日」と書き残したまま、語ることのなかったその日の真相。

あれから月日が流れ、活動を終える今だからこそ見える景色があります。 かつての葛藤と、それを乗り越えて見つけた自衛隊の「変化」について。

まずはあの日の記憶を紐解いてみたいと思います。

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場違いな言動~自衛官の場合~

会食の真っ最中、どこからともなく現れた一人の自衛官。
せっかくの記念すべき日が、その方の振る舞いによって一気に色褪せてしまった瞬間でした。

記念すべき場に差した「影」

会場が熱気に包まれる中、私たちのテーブルに近づいてきたその方は、初対面とは思えない距離感で言葉を投げかけてきました。

自衛官

ここ何の集まり?
どこの子かな~?

防衛モニターです。

自衛官

何それ。

執拗なアプローチと拭えない違和感

その方の言動は、時間が経つほどにエスカレートしていきました。
私たちが困惑していること、そしてモニターとしてここにいることなど、振る舞いです。

自衛官

ご飯いっぱい残ってるじゃん。
これ持ってあっち(自衛官しかいないテーブル)に行こうよ。

ご飯だけ持っていってほしい。

自衛官

若いのいっぱいいるから、こっち来なって。

ずっと「一緒に行こう」と言ってその場から離れようとしない姿に、私は強い無力感を感じていました。出会いを求めてこの記念会食に参加したわけではありません。

誇り高い姿との「剥離」に揺れる心

ホントしつこかった。

同伴者

無遠慮に近づかないでほしいと思った。
男社会の閉鎖空間でお酒が入って気が大きくなるのはわかるけど、あまりにも時勢に合わない、品位を欠く振る舞い。

せっかくの場を台無しにしたくないという思いから、その場ではっきりと「迷惑です」と拒絶することも叶いませんでした。

引いてしまった点
  • 初対面での馴れ馴れしいタメ口
  • 衛生観念の欠如: テーブルにある大皿料理を、取り分け用の箸で取って口に含み、その箸を同伴者のお皿に置いた
  • 元々テーブルについていた隊員の方は筆者のすぐ近くにいたにもかかわらず我関せずを貫いていた

大皿の件は会場を後にしてから聞いたのですが、箸を置かれてから同伴者は食事をやめたそうです。

気づかなくて本当にごめん。
わざわざ都内から来てくれたのに、不快な思いをさせてしまって申し訳ない。

同伴者

水稀ちゃんは悪くないよ。
むしろ一人で行かせなくてよかった。

午前中の創立記念行事では、隊員の皆様のビシッとした姿、誇り高い立ち振る舞いに頼もしさを感じ、自衛隊に対して好印象を抱きました。

それだけに、この会食の席で目の当たりにした出来事はあまりにもショックでした。午前中に見たあの気高さはどこへ行ってしまったのか。悪い意味での「ギャップ」に落胆してしまいました。

「防衛モニター」として、現場のリアルを自分の目で見て発信したい。そう思っていたはずの私の心は、このとき、マイナスのほうへと大きく揺れ動いていたのです。

場違いな言動~一般参加者の場合~

残念ながら、配慮に欠ける振る舞いは自衛官の方だけではありませんでした。同じテーブルを囲んだ一般参加者の方の言動にも、耳を疑うような場面が多々あったのです。

繰り返される「大声」とマナーの欠如

コロナ禍からそう年月が経っていないからか、会場では事前に「料理の前では会話を控えてください」というアナウンスがされていました。しかし、同じテーブルにいた高齢の男性は、それを無視するかのように大声で話し続けていたのです。

さらに、終盤に差し掛かったころには、大きな声でこう言い放ちました。

「独身者、いる?」

その場で独身の男女を無理やりくっつけようとするなど、あまりにも独りよがりで迷惑な行動に、一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちに駆られました。

婚活目的で来ているわけじゃない。失礼にも程がある。

同伴者

唾液が食べ物にとんでいると思うと、無理。

お酒は免罪符にならない

お酒が回るにつれて、その方の言動はエスカレートしていきました。明らかに私たちが引いている様子を見て、連れの男性が「酔っちゃってるから(許してやって)」とフォローを入れましたが、到底言い訳にはなりません。

自衛隊という組織を応援し、その活動を理解するために集まった場だからこそ、お酒の席であっても最低限のマナーと敬意は守られるべきではないでしょうか。

価値観のアップデートを願って

「昔はこうだった」「お酒の席だから」という理屈が通じる時代は、もう終わっています。

参加費を支払って同行してくれた知人にも申し訳なく、当時は『欠席すればよかった』と後悔の念でいっぱいでした

防衛モニターになって初めて提出した意見

式典当日のあまりに衝撃的な出来事を受け、私はある行動に出ました。それは、いつあるかわからない駐屯地側から用意された定型のアンケートを待つのではなく、自ら広報担当者へ向けて「意見メール」を直接送ることでした。

辞める覚悟で送った、一通のメール

記念会食からの帰り道。電車の中で、私はスマートフォンの画面に「本音」を打ち込んでいました。 けれど、その指は何度も止まります。これを送れば、防衛モニターとして活動できなくなってしまうかもしれない——。

一晩悩み抜き、翌日の午後。私は改めて、昨日打ち込んだ文章を見つめ直しました。
メールに記したのは、当日目にした看過できない振る舞いと、それに対する率直な心情。

当日の出来事:看過できなかった事実

  • 初対面での馴れ馴れしい言動:節度を欠いたコミュニケーション。
  • 目を疑うような衛生観念の欠如:共有の場にふさわしくない振る舞い。
  • 一般参加者の不適切な振る舞い:周囲への配慮を欠いた言動。

切実な思い:辞める覚悟を持って

メールの最後には、モニターとしての立場を捨てる覚悟で、最後に「この件で解任になっても構いません」と一言を添えました。

帰り道、勢いで送ってしまいそうな自分を一度落ち着かせ、翌日までじっくり考えました。
ですが、今後若い女性がモニターになった際、心から安心して参加できる環境になってほしい。この事態を『よくあること』として流すのはやめよう。そう思っての行動でした。

諦めと、鳴り響いた電話

メールを送信したその日の夕方、早くも広報班のモニター担当の方から電話がありました。

広報担当者:今後もこういった宴席はあります。特に女性のいるテーブルには監視の目を光らせます。

桐山:私のすぐそばに隊員の方がいらっしゃいましたが、間に入ってくれませんでした。酔っていた方との上下関係はわかりませんが、相手が誰であっても意見を言える立場の方を配置しなければ意味はないのではないでしょうか?

広報担当者:おっしゃる通りです。


桐山:……このまま活動を続けるかどうかは、今の時点ではわかりません。

結局我慢するしかないと悟り、通話を終了しました。

鳴り響いた二度目の電話、2等陸佐との対話

結局、我慢するしかないのだと活動辞退の決意を固めかけていた翌日のことでした。

午前中に着信があり、夕方にこちらから折り返しお電話を差し上げた相手は、モニター担当の上司である2等陸佐(人事課長)の本田さん(仮名)でした。本田2佐は、私のメールを細部まで読み込んでおられ、真っ直ぐに言葉を届けてくださいました。

本田2等陸佐

本部課長の本田と申します。
当日は骨折で松葉杖だったもので、『品のない姿をお見せできない』と思い、別室待機しておりました。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません

松葉杖をついている姿を品がないとは思いません。大変な中、お電話をいただきありがとうございます

2佐の言葉は、前日の電話とは明らかに熱量が違いました。「お酒は免罪符にならない」という私の言葉を真っ向から受け止め、「躾をし直さなければならない。我々にとってもショックな出来事だった」と語られました。

さらに、世間が衝撃を受けた元女性自衛官の方の話題にも触れながら、「不快かつ怖い思いをさせてしまい大変申し訳なかった。我々に言うのも勇気のいることだったはず。不快な思いをさせたまま終わらせたくない。解任になっても構わないと書いてありましたが、辞めずにむしろどんどん意見を言ってほしい」とおっしゃられました。

本田2等陸佐

続けていただき、もし納得がいかなければ、『やっぱり辞めてやるわ』と途中で委嘱状を突き返していただいても結構です。
どうか、第1空挺団に一度チャンスをください。

その真摯な言葉を受け、私は「変わっていくかどうかを、自分の目で確認させていただきます」と答え、活動の継続を決めました。

私が辞退しなかった、二つの理由

あの日、感情に任せて辞めなかった理由は二つあります。

  1. まだ何の活動もしていない:入口で躓いただけで、自衛隊のすべてを知った気になるのは早いと感じたから。
  2. 自分の「境界線」を引く:お酒の出る席に出なければ、不快な思いを最小限に抑えられると判断したから。

切り替えていこう。

そう自分に言い聞かせ、私は改めて防衛モニターとしての歩みを踏み出しました。

誠意の形——習志野での再会

記念会食から数週間後、部隊研修のために習志野駐屯地を訪れたときのことです。

迎えてくださったのは、あの電話の主である本田2等陸佐でした。
2佐は改めて私に謝罪してくださっただけでなく、同伴者として訪れた私の父に対しても、「お嬢さんに不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」と深く頭を下げてくださいました。

あの日、あの会食の場で、酔った隊員や参加者に執拗に絡まれていたのは、私と同伴者の知人女性2名だけでした。ターゲットが絞られた非常に個人的で、かつ言い出しにくい問題。それに対して、これほどまでに真っ正面から、組織の責任者として真摯に向き合おうとする2佐の姿には、言葉以上の重みと誠実さを感じずにはいられませんでした。

さらに後日、知人女性と一緒に参加した「意見交換会」の場でも、モニター担当の方がわざわざ私たちの元へ歩み寄り、謝罪の言葉を述べてくださいました。単なる「クレーマーへの場当たり的な対応」ではありません。

この組織には、勇気を持って声を届ければ、それを受け止め、真剣に応えてくれる人がいる。

その確信を得られたことで、私は心から安堵し、この先のモニター活動を続けていく覚悟を決めることができたのです。

活動を続けるにあたりしたこと

あの衝撃的な委嘱式から1年。2025年4月、私はこれまでの活動を振り返り、自分自身が心地よく、そして安全にモニター任務を全うするために「三つの約束」を自分に課しました。

自分の心を守るための「境界線」
  • 違和感は即座に報告する
    記念会食の翌日にメールを送った時のように、看過できない事態には声を上げ続けること。
  • お酒が提供される場には出ない
    2024年度はすべての行事・研修に参加しましたが、お酒の出る懇親会はすべて欠席しました。
  • 野宴と記念会食は男性に同伴してもらう
    物理的な安心感を確保するため、特定の行事には信頼できる男性の同伴を必須としました。
    ※問題ないと判断し、2026年の野宴は年下の女性と参加しました。

改善はしてほしい。けれど、まずは自分をリスクから遠ざけることが先決だと判断しました。

普段関わることのない自衛官のリアルな声を聴きたい。そんな純粋な期待を持って参加しましたが、お酒で羽目を外す人を前に苦痛な時間を過ごし、疲弊してしまっては本末転倒です。私にとって、その場に留まる意味はないと結論づけました。

2025年の選択:同伴という安心

2025年1月に行われた野宴、そして4月の記念会食には、男性の同伴者と一緒に参加しました。一人ではないというだけで、心強さは全く違いました。

しかし、同行した彼からも、目を疑うようなマナー違反の報告がありました。

同伴者:「野宴で、一般参加者の連れの男性が取り分け用の箸で食べ始めて……。指摘されたら、その箸をべろりと舐めてから大皿に戻していたんだ。マジかと思ったよ

その話を聞いて、私は絶句してしまいました。

自分の家では許されているのかもしれないけれど、外では絶対にやめてほしい。……ちなみに、桐山家では厳禁です。

昨年と変わった点:声が届き、改善された景色

2025年4月6日。不安を抱えながらも1年ぶりに参加した記念会食では、驚くべき変化を目にすることになりました。 私がかつてメールで届けた葛藤や提言が、目に見える形となって会場のあちこちに反映されていたのです。

大きく変わったのは、以下の3点でした。

  1. 「ノンアルコール」意思表示の仕組み化
  2. 配膳スタイルの変更(個食の導入)
  3. 会場配置の見直し

飲酒しないシール
「ノンアルコール・プリーズ」の配付

受付で飲酒の有無を確認され、飲まないと答えると一枚のシールを渡されました。 そこには、はっきりと「Non-alcohol Please」の文字。これを身につけることで、周囲に対しても「私はお酒を飲みません」という意思表示がスマートにできるようになっていました。

駐屯地まで運転して来られた方にとっても、非常に合理的で安心感のある配慮だと感じます。

オードブルが減り、お弁当(個食)へ

昨年はすべての料理が大皿のオードブル形式で、各自が取り分けるスタイルでした。しかし今年は、個別のお弁当が用意される形に。

取り分け用の箸を口に含み大皿に戻すという行為に強い拒絶感を持っていた私にとって、これは何よりありがたい改善でした。

自衛官の配置と「距離感」の変化

自衛官の皆さんが集うテーブルの並びも、昨年とは変わっていました。
私の記憶が正しければ、かつて苦い思いをした際に隊員の方が属していたテーブルは、少し遠ざけられるなど、適切な距離感が保たれるよう工夫されていたように思います(大多数の方はマナーを守られています)。

まとめ:あの日のメールが繋いだ、新しい「交流」

参加する直前まで、私の心は不安でいっぱいでした。 けれど、会場で目にした数々の配慮、そして何より「改善しよう」という組織の意思を感じ、おかげさまで今年は穏やかで楽しい時間を過ごすことができました。

会場で、ある自衛官の方がこうおっしゃっていました。

やっぱり、こういう交流も必要ですよね!

その言葉に、深く頷きました。 節度を持って、普通に言葉を交わし、互いの活動を理解し合える集い。それこそが、防衛モニターとして私が望んでいた姿だったからです。

一時は辞めることさえ考えた2年前。 けれど、あのとき声を上げ、それを受け止めてくれた方々がいたからこそ、晴れやかな「終了」の日を迎えることができました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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